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【アラベスク】  第12章 マジカル王子様



第2節 権力の天秤 [2]




「汚す? どこを汚したって言うのよ」
「わからないフリしてもダメよ。私はちゃんと見ていたんですからね」
 チョンチョンと緩が指差す先には、よーく目を凝らしてみれば確かにシミらしいものがついていないでもない。
「何よ、この程度」
 抗議する同級生の言葉を鼻で笑う緩。
「そりゃあ、あなた達のような方にとってはこの程度の汚れは大した事ではないのかもしれませんけれど」
 あなた達のような――― あなた達のような権力もない一般生徒にとっては―――
 途端に怒気を帯びる相手にも涼しい顔で緩は突き出した腕を引っ込め、これ見よがしにパンパンと払った。まるで小汚い人間に触られたとでも言いたげだ。
「私はあなた達とは違います。こんな汚れた制服で校内を歩くなんて、みっともなくって仕方がないわ」
 そうして気の済むまで制服を払い、改めて相手と対峙する。
「だいたい、私の隣で昼食を取るなどという行動自体が失礼ですわ。食べかすなどでこちらが汚されたらたまりませんもの」
「汚してなんかいないわよっ!」
 ついに立ち上がった一人を見上げ
「実際、汚しているではありませんか。ふん、そもそも菓子パンにパックのドリンクだなんて」
 机上に広げられた昼食を一瞥する。
「なんて低俗なメニューなのかしら」
「そんなの、こっちの勝手じゃない」
「勝手じゃありませんわ」
 ピシリと言い放ち、強気で向かってくる一人を睨みつけた。
「目障りです。以後もそのような昼食を取られると言うのなら、この教室で広げるのはご遠慮くださいませ」
「うっ ぐぐぐぅ」
 平等な視線で見ればこの場合、緩側の言いがかりと言ってもおかしくはないだろう。確かに手に持つパックの中身が飛び散りはしたかもしれないが、それだけでこのような言われよう。普通の人間ならキレてもおかしくはない。
 だが少女は、フルーツドリンクを手にしたまま、悔しそうに歯を食い縛る。
 相手は金本緩だ。生徒会副会長、いや、唐渓祭の後に生徒会は世代交代をした為、今は前副会長。そんな立場の上級生からの庇護を受けている金本緩が相手では、少女には太刀打ちできない。
 悔しさを滲ませながらも反論できずにいる相手に瞳を細め、もう一言投げてやろうと緩が口を開いた時だった。
「ずいぶんと大きな態度ね」
 少し芝居かかった言葉に、緩も相手も首を捻る。視線の先には、やはり女子生徒。緩の同級生。
「緩さん、それはずいぶんな言いがかりですわ」
 ポッチャリとした、頬に押されるような細い瞳を三日月に歪める同級生。
「なによ?」
 憮然と言い返す緩。
「言いがかり? 私の言葉のどこが言いがかりだと言うの?」
 だが三日月少女は、緩の言葉に口元まで歪める。
「だいたい、制服を汚されるのがお嫌だというのなら、このような教室でお食事などされなければよいでしょう?」
「私がどこで食事をしようと、私の勝手だわ」
 何よ、コイツ。
 緩は瞳に険しさを浮かべて相手を睨む。
「そもそも、あなたには関係のない問題でしょう?」
「教室内で揉め事を起こされては、同じクラスの人間としては気が滅入りますわ。それに、ここはあなた方だけの場所ではありませんのよ。それを緩さん、あなたはまるでご自分のお部屋だというような態度で振舞われて、少しお控えになられては?」
「何よ、失礼なっ!」
 緩の横に控えていた少女が立ち上がる。
「あなた、誰に向かって口を利いているの?」
「誰? とは?」
 惚けたような態度にさらに言葉を重ねようとする少女を、緩が制する。
「いいわよ」
 片手で制し、改めて三日月と向かい合う。そうして、不愉快さを隠す事もせず、少し背筋を伸ばして相手を()めつけた。
「この人は、ご自分の立場というものをわかっていらっしゃらないようだから。この事は副会長へお知らせして、しっかりと教育をして頂くわ」
 言うなり自慢げに笑みを浮かべる緩。だがその表情に、三日月はそれ以上の笑顔で答える。
「元、でしょう?」
「え?」
「元副会長でしょう?」
 そう言って、胸の前で腕を組んだ。
「あなたに肩入れしていた廿楽先輩は、もう今は副会長ではございませんわ。役職を降りられても尊敬に値すべき先輩だとは思いますけれど」
 そこで一呼吸、唇をペロリと舐める。
「でも、自殺未遂事件なんて起こしてしまって、結局唐渓祭のお茶会も中止。今も自宅で静養中。お噂ではこのまま自宅で受験準備に入られるとか。つまりはこの学校でお姿をお見かけする事はできませんのよね」
 相手の言葉に間違いはない。それが何だと言いたげな緩の視線に、三日月は右手を唇に当てて嗤う。
「それに、どうやら自殺未遂の原因は男子生徒に恋心を(あしら)われたからだとか」
「廿楽先輩を愚弄するような言葉は許しませんわっ」
 声をあげる緩にも動じない。
「あら、ごめんなさい」
 クククッと喉を鳴らすだけ。悪いとは微塵も思ってはいないだろう。
「でも本当の事ですわ」
「た、ただの噂よ」
 本当の事だが、ここは廿楽に付き従う者として反論せねばなるまい。
 なかば義務のように言い返す緩に焦点を合わせ、三日月は嗤い声を止めた。
「どちらでも構いませんわ」
 再び腕を組み、座ったままの緩を見下ろす。
「今の副会長が廿楽先輩ではないという事実に、変わりはありませんもの。そして」
 三日月がいっそう細くなる。
「その副会長が、緩さんを遠ざけているという事実もね」
 緩は思わず立ち上がった。だが、何も言葉が口からは出ない。







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